分かっていなかった
全く分かっていなかった
今日は諸般の事情で隅っこでやらせて頂くことになったので
弟の写真を目の前にバラバラ並べながらワークをさせて頂いた。実家のお母さんに送ってもらっていたのだが、やはり気持ちが入る。
午前中の最初に、前日書いたシートを音読するが、その時点で気付いていた。
昨夜、弟の死までの10年間に何の意味があったんだろうかと書いていたのだが、
声に出して音読してみると、神が無駄なんか与える訳がない事ぐらいは分かる
彼の死までの10年間が無意味だった訳が無い。
だが、それを読んで違和感を感じれば感じるほど苦しくなってきていた。
なぜなら、
弟の死に意味があるとしたら、
これまでの取り組みで弟が果たしてくれていた役割を考えると
弟が真我にいざなってくれていることしか考えられない。
だが今日は、いざそのことに直面した時に、自分の心がそれを泣きながら拒否した
「もし弟の死が自分を真我に導いてくれてるのだとしたら、そんなのいらない」
「彼の死が自分を苦しさから救ってくれるのだとしたら、俺は苦しいままでいい。苦しいままでいいから彼を返してくれ」
「神がそんな事をしたのだとしたら、俺はその神を恨む。あまりにむごすぎる」
と涙が止まらない。
悔しくて悔しくて
本当にそうなのかもしれないけれど
それを受け入れられない。
そして一通り泣いた後、ワークに戻る。
午前中はワークの文言を参考に書くが、弟の死の意味が分からない。朝イチのことはある程度消化していたが、
書くことは書けるのだが、気持ちが乗らない。
何度か同じことを書いているうちに、講師が頭で考えようとしていると教えてくれた。
これまでも何度か出て来た自分のキーワードだ。
そうか、頭で考えようとしているのか。それであれば佐藤先生に気持ちを委ねてみようという気になり、
全ての思考を捨てて、ひたすら「私と君は神として一つだったんですね」の4段落ぐらいを延々書いてみる。
講師もそれで良いとおっしゃって下さるので、素直に信じることにして、昼休みも書き続ける。
もう何枚書いたか分からない頃に、ふと、
本当にふと、佐藤先生の他のフレーズが目に入る。
「どういう思いでしてくれていたのか」
どういう思いで??
意味が分からないが、自分のセンサーがこれを捉えた
混乱しながらも続けて書き出してみる
「どういう思いでいてくれたのか。彼がどういう思いでいてくれたのか。弟がどういう思いで居てくれていたのか、、、」
そう書き出した時に、最初の3つの写真が重なった
①自分と弟の小さい頃の写真
②弟が0歳の僕の長男を抱えている写真
③そして母親がなぜか一枚だけ送って来た僕の長男次男が水浴びをしている写真
頭の中でバチバチバチと音がしながら写真が一枚ずつ捲られて行く。
①自分と弟の写真。
彼から愛を受けたことしか思いつかない。彼と一緒にいれて自分は愛に満ちていた
③長男たちが水浴びをキャッキャと言いながらやっている写真
長男からはどれだけの愛をもらったか分からない。彼の愛のおかげで僕の人生は満ち溢れていた。真我で最初に未来内観で開いたのも長男だ。
そして、、、
②弟が長男を抱っこしている写真
その時自分の中で
「愛が紡がれていた」ことが、
バチバチバチと音をしながら分かった。
愛に欠けていた自分、愛に飢えていた自分、愛が必要だった自分。
弟はその役割を果たすためにこの世に来てくれていたのだ。
そしてその役目を長男に渡せたから、彼の役目が終わったのだ。
なんて自分勝手な解釈だと思う。
ただなぜか自分にはそうとしか思えない。
弟で取り組んだこと、写真を持って来たこと、お母さんがなぜか一枚長男の写真を入れていたこと、どういう思いでという文言が目に入ったこと、
これらが偶然な訳はないのだ。
それしかない、、、それしか無いんだ、、、
そう思った時に、自分の涙腺が完全崩壊しました。
そんなことがあっていいのか、そんなことがあるのか、でもそうとしか思えない
そして僕の目線が
弟の死
から
弟の生
に完全に変わりました。
関わって頂いた皆様に感謝いたします。
ありがとうございました。