50歳からの人生再構築日記(YSメソッドとうつと私)

90日プログラムでのうつ寛解率9割

負けてたまるか、そして家族会議

今日は本当にもうダメだと思いました。

 

2年間で一番まずい日でした。

 

朝会社に行く時に奥さんから「大丈夫?」ときかれて、

 

「大丈夫じゃないかも。行けなくなったらごめん」と答えていた。

 

会社に行ってほんのちょっとした段階でもうダメだと思ってしまい、正直帰ろうと思いました。

 

ああ、これでもう再休職だなぁという感覚でした。

 

本当に絶望を味わいました。

 

ところがなんの拍子かは分からないんですが、昼休みを過ぎて、午後仕事をしてる辺りぐらいから、

 

 

「負けてたまるか」という気持ちが出てきたのかなんなのか、

 

自分の口から負けてたまるかという言葉が出てきました。

 

「負けてたまるか」「負けてたまるか」

 

小さな声でぶつぶつと。

 

 

でも不思議とそう言ってると「負けちゃいけない」という気持ちになる。

 

ひたすら念仏のように唱えてました。

 

 

「負けてたまるか」「負けてたまるか」

 

そしたら、夕方奥さんからLINEが入り、

 

「子供達もいるから早く帰って来れるなら今後の話をしよう」と

 

どんな話をしたらいいんだろうと思いながら帰ってきたらどうも重苦しい。

 

既に奥さんが子供達に「パパが働けなくなる」と言ってくれていたみたい。

 

どんな反応するんだろうかと思いつつ、これまで考えてきたことを話した。

 

家のローンが莫大にあるが、パパが死んだら家を残せるのでそれで生活していけること。

 

それがパパに出来る精一杯だが、子供達にお父さんがそんな死に方をしたという負い目を感じさせるぐらいなら、なんとかして生き延びたいことなどを伝えました。

 

とても驚いたのは、長男が「家のために死ぬことなんて無くない?」と言ってくれて、

 

次男は「この家にパパの命の価値はない」と言ってくれたこと、

 

そして二人ともこの家を売ってもいいと言ってくれたこと。

 

本当に驚いた。

 

奴らはこんな深刻な話なのに、動じることなく、俺たちはなんとかなるからと言ってくれた。

 

有難い。

 

信じられなかった。

 

長男はてっきり、「それなら死んでくれたほうがいいや」とでも言ってくると思っていた。

 

 

全くの勘違いだった。

 

すごい子供達だ。

 

そしてそれを育てた奥さんが本当にすごい。

 

ありがとうという言葉じゃ表せられないぐらい信じられない時間だった。

 

明日からも「負けてたまるか」で行ってみます。

 

ありがとうございました。